1975年東京生まれ。1993年インターナショナルスクールを卒業後渡米し、ロサンゼルス、ニューヨーク、サンフランシスコなどの大学で映画と写真を専攻。2003年サンフランシスコ・アート・インスティテュート大学院卒業後、作家・写真家として活躍し、現在は「Porter Classic」取締役を務める。著書「ホノカアボーイ」が映画化され、2009年3月14日から全国東宝系にてロードショー。
![]()
![]()
![]()
小さい頃、家族みんなで楽しんでいたのが映画だったんです。自ずと映画が好きになり、サンフランシスコの大学で実際に勉強を始めました。授業がないときは、オートバイに乗って映画館ばかり行きましたね。その当時、スクリーンの前だけで毎年250〜300本も映画を観ましたよ(笑)。映画を作るのはお金がかかるし一人じゃできないけど、表現することへの欲求は強かった。さて、どうやってこの壁をクリアしようかと考えたときに、写真も学ぼうと決めたんです。カメラさえあれば撮影できるし、現像も一人で大丈夫。映画監督に必要なレンズの知識も得られましたね。
![]()
大学では、さまざまなジャンルで実績を残した有名な先生に出会えました。特に国語の先生は以前から知っていたビート詩人のマイケル・マクルーアさんだったので、感激しましたね。彼には、本当にたくさんの影響を受けました。なかでも「文章は五感を使って書きなさい」と教わったことは、今でも心に残っています。人間はさまざまな人種がありバックグラウンドも違うけど、五感は一緒。だから文章も五感を使って書けば、どんな人にも伝わるんです。もちろん、「ホノカアボーイ」もそうして書き上げました。
![]()
![]()
![]()
ホノカア村との出合いは、両親から卒業祝いにハワイ旅行をプレゼントしてもらったのが直接のきっかけ。家族でハワイ島をドライブしていて、休憩で立ち寄った場所がホノカア村だったんです。本当に偶然でしたね。この村の中心に1930年代に建てられた古い映画館があり、ここで映写技師を募集していることをたまたま知りました。オーナーに「やれますか?」と言われて、「お金払ってでもやりたい」とお願いしましたよ(笑)。70年以上続いている映画館で映写技師を経験できるなんて、滅多にないですからね。
![]()
ハワイ島はたくさん見所がありますが、ホノカア村は目を惹くものが何もありません。でも、さまざまな人種が集まった小さな村なので、人間の異文化への接し方など見えないものがすべてあるんです。この村での暮らしで一番衝撃的だったのは、人種や肌の色の違いで冗談を言い合っていたこと。一歩間違えれば差別にもつながる行為ですが、この村に暮らす人々のそんな様子を見て、壁を越えて理解し合える人間の素晴らしさを学びました。
![]()
![]()
![]()
ホノカア村で一番お世話になったビーさん(*)から、「好きなことなら、やりなさい」という言葉をもらいました。今、僕が文章を書いたり、写真を撮ったり、服を作ったり、いろんなことにチャレンジできるのは、その言葉を絶対に守りたいという気持ちがあるからです。あと、欲張りな性格もありますが(笑)。だから、納得のいく写真を現像するためには暗室に9時間こもるのも平気だし、「Porter Classic」でいい服を作るためなら苦手なことだってできるんです。
![]()
「ホノカアボーイ」を読んでいる人や「Porter Classic」のカバンを背負っている人を街で見かけたときは、うれしさや幸せを感じるより心から「ありがとう」と思いますね。自分の作品を支えてくれている人に、ずっと感謝し続ける“ありがたみ”を忘れたらアウトだと思います。今は、その“ありがたみ”を忘れている人が多すぎます。だから戦後の日本にあったモノを大切にする心が失われ、安いだけで使い捨てられるようなモノが流行っているんじゃないでしょうか。
吉田玲雄さんがホノカア村滞在中に可愛がってもらったおばあちゃんで、「ホノカアボーイ」の主要人物。2003年他界。
![]()
![]()
![]()
モノ作りのスタンスは、世の中の流れに合わせないで飽きないモノを作り上げること。例えば、いま僕が着ている「Porter Classic」の短パンは、一回着るとやめられないほどの着心地が自慢です。普段はもちろん、寝巻きとしてもずっと使っています。500円で売られているTシャツでは決して味わえないですね。やっぱり愛着を持って長く使えるのは、少し値段が張ったとしても飽きないモノしかないと思います。いい写真を撮る人はいいカメラを使っているように、本当にいいモノを求めている人は値段よりモノそのものを見てくれるはずです。
![]()
モノの価値は作り手の生き方や思いが伝わるかで決まると思うので、いつもそれを大事にしています。例えば「Porter Classic」の内装を見ても、木の貼り方一つから作り手の表情が浮かんでくるんですよね。 最近は娘が生まれたこともあり、「Porter Classic」で扱う剣道着の生地で赤ちゃん用のオーバーオールを作ってみようかなと考えることもあります。そういう意味では自分の日常が仕事に繋がっているので、プライベートとモノ作りの境界線はないと言えますね。
ホノカア村の映画館で僕が働く2ヶ月前まで使われていた、1920年代製の映写機です。昨年、この映画館で結婚式を開いたのですが、そのときにオーナーから紅白のリボン付きでプレゼントされました(笑)。いつでもホノカア村での思い出にひたれる、本当に大切なプレゼントです。70年以上の歴史を刻んだこの映写機が、長く愛されるモノを作りたいという「Porter Classic」の哲学そのものをしっかりと表している。だから店に置いているんです。
第2回(後編)に続く